今年一年、有難う御座いました
ご無沙汰です。
ここ数ヶ月、本当に大変でした。
特に11月〜12月の仕事は、たぶん人生で一番ハードでした。
単に仕事が多いとか忙しいとか、寝てないとかそんなんじゃないんですよね。
責任とか自分の判断の影響とか、そういうことがやたら重かったです。
(実際、3週間全く休み無しだったり、物理的にもハードでしたが・・・)
「絶望感」とはこのことを言うんだなと思いました。
とはいえ、全ては自分の責任で行なっていること・・・。
とにかく至らない自分であることがわかりました。
今年は激動の一年でした。
子供が産まれたのは当然大きかったです。
生活が一変しましたね。
以前のように仕事から帰ってスタジオ行って帰って、家で夜中まで飲んで、
何とか会社に行って午前中はフラフラのまま過ごして・・・
ってワタクシが、今や・・・会社から急いで帰って子供を風呂に入れて
日付が変わる前には就寝して、朝は早く起きて会社に行って・・・。
大変なのは確かですが、幸せな日々です。
ありがとう。
何ども逃げ出しそうになりましたが、やはり家族の存在は大きいです。
ただ、当然ながら今までと同じ事は出来ないことに気が付きました。
当たり前ですよね。
色々減らしている状況ですが、それでもまだ溢れている状況。
まあ、普通にやってれば仕事と育児だけで、毎日ヘトヘトですよ。
(育児っつっても妻の何分の1しかしてない状況ですが・・・)
来年はどうなるかなあ。
そして震災、原発・・・
3月は本当に身体が動かなかったです。
特に原発。
何か活力が抜け落ちていくような感覚。
いまだに、何パーセントかは活力が奪われている感じがします。
そんな年末は、見事に体調崩してます。
仕事の終わりと同時に身体を壊すとは、なんたる素晴らしいサラリーマン(笑)
現在は殆ど治っている・・・と思うので、例年通りゆっくりと
妻とカニ食べながらお酒飲みます。
まとまりないですが。。。。
本当に一年間ご迷惑をおかけしたと思います。すみませんでした。
そしてありがとうございました。
来年も、何卒宜しくお願いいたします。
ここ数ヶ月、本当に大変でした。
特に11月〜12月の仕事は、たぶん人生で一番ハードでした。
単に仕事が多いとか忙しいとか、寝てないとかそんなんじゃないんですよね。
責任とか自分の判断の影響とか、そういうことがやたら重かったです。
(実際、3週間全く休み無しだったり、物理的にもハードでしたが・・・)
「絶望感」とはこのことを言うんだなと思いました。
とはいえ、全ては自分の責任で行なっていること・・・。
とにかく至らない自分であることがわかりました。
今年は激動の一年でした。
子供が産まれたのは当然大きかったです。
生活が一変しましたね。
以前のように仕事から帰ってスタジオ行って帰って、家で夜中まで飲んで、
何とか会社に行って午前中はフラフラのまま過ごして・・・
ってワタクシが、今や・・・会社から急いで帰って子供を風呂に入れて
日付が変わる前には就寝して、朝は早く起きて会社に行って・・・。
大変なのは確かですが、幸せな日々です。
ありがとう。
何ども逃げ出しそうになりましたが、やはり家族の存在は大きいです。
ただ、当然ながら今までと同じ事は出来ないことに気が付きました。
当たり前ですよね。
色々減らしている状況ですが、それでもまだ溢れている状況。
まあ、普通にやってれば仕事と育児だけで、毎日ヘトヘトですよ。
(育児っつっても妻の何分の1しかしてない状況ですが・・・)
来年はどうなるかなあ。
そして震災、原発・・・
3月は本当に身体が動かなかったです。
特に原発。
何か活力が抜け落ちていくような感覚。
いまだに、何パーセントかは活力が奪われている感じがします。
そんな年末は、見事に体調崩してます。
仕事の終わりと同時に身体を壊すとは、なんたる素晴らしいサラリーマン(笑)
現在は殆ど治っている・・・と思うので、例年通りゆっくりと
妻とカニ食べながらお酒飲みます。
まとまりないですが。。。。
本当に一年間ご迷惑をおかけしたと思います。すみませんでした。
そしてありがとうございました。
来年も、何卒宜しくお願いいたします。
3ヶ月
早いもので、娘ももう3ヶ月です。
娘は2ヶ月目で保育園に通ってます。
同時に妻も職場復帰です。
さすがにフルタイムではないのですが、
9時〜16時なのであんましフルタイムと変わらない気がします。
0歳児保育について、色々な方から意見や指摘も頂きました。
でもこれは、僕達家族が決めたことです。
僕は一生懸命働いている妻が好きです。
そして娘にもプラスになると信じています。
暖かく見守っていてください。
精一杯頑張りますので。
娘は2ヶ月目で保育園に通ってます。
同時に妻も職場復帰です。
さすがにフルタイムではないのですが、
9時〜16時なのであんましフルタイムと変わらない気がします。
0歳児保育について、色々な方から意見や指摘も頂きました。
でもこれは、僕達家族が決めたことです。
僕は一生懸命働いている妻が好きです。
そして娘にもプラスになると信じています。
暖かく見守っていてください。
精一杯頑張りますので。
4・12
4/10(日)
妻のお腹もMAXに巨大化。
出産予定まであと一週間。外食しまくりの我が家は
この日も外食。
どうしてもジンギスカンが食べたくなったので、ススキのの「RAM」へ。
旨し!です。やっぱり道内産のが一番旨いかも。
そして、そのあとは久しぶりにSPA SAFROで温泉。自分はマッサージも。
極楽である。
妻も久しぶりの温泉で極楽。
ビールを飲んで、早めの熟睡。
4/11(月)
明け方に妻に起こされる。陣痛が始まったようだ。
寝ぼけていたので、意味が分からない。
どうやら、もう産まれるようだ。
急いで会社に休暇の連絡をする。
入院の準備はすでにできていたので、妻は余裕だが
自分はあたふた。別になにをやるわけでもないのだが、、、
朝一番で病院へ。
なんだかんだで午前中はあっという間に過ぎて昼ごはん。
意外と旨し。陣痛もまだたいした事は無い。
「余裕じゃんね?」
とタカをくくる。
午後も院内散歩や昼寝(自分のみ)などでリラックス。
個室なのであずましい。
が、夕方くらいから陣痛が強まる。
階段の上り下りをすると良いそうなので、院内をウロウロ。
ホントにこんなに動いていいのかしら?
晩ご飯を食べて、いよいよ陣痛が強まり、
陣痛室へ移動。
21時くらいから陣痛が強くなる。
自分は「腰を揉む」係り。
腰を揉むと楽になるそうだ。数分おきに波のように
陣痛が襲ってくる。
しかし、これはまだ序章に過ぎなかったのだ。
破水してからがすさまじかった。
正直、見るに耐えない苦痛である。
腰を揉み続けるのだが、かなり力を要する。
拳や肘を使って、もう「押し込む」感じ。
ただ、助産婦さんが揉むとラクになるらしいので、
やりかたが甘かったんだろうなと思ったが、、、
ってか、まだ分娩台にいかないのかよと。
時刻は零時を回る。
揉み続けて腕がシビれてきたが、そんなことは問題じゃない。
とにかく、はやく何とかしてあげたいと。
人から聞いた話を思い出した。
A家
背もたれの無い硬いイスで数時間放置。妻にもガン無視。
K家
「大丈夫か」「頑張れ」と声を掛ける夫が妻に
「お前のせいで、こんな目に!!!!」
と罵倒されるw
・・・・と、散々な話ばかり。
でも分かります。それどころじゃない。
4/12(火)
零時を回ったところでようやく分娩台へ。
この後も大変。
立会いで分娩台の横にずっといたのですが、
ひたすら踏ん張る妻。
とくにやる事の無いワタクシ。
ウチワで仰ぐとか、手を握るとか、枕をさせるとか、
そんな地味な活動でサポート。
陣痛のタイミングにあわせて踏ん張るが、
中々出てこない。
1時間以上格闘した後、医者が呼ばれる。
すると、彼はサっと現れてサっとメスで何かを切る。
よく分からんがそんな簡単に切っていいのか!
と思ったが、そこからは早かった。
「あとは力を抜いていいですよ」
そのあとは、とにかく
早く無事に終わってくれと願うばかり。
頭が見えた。
真っ黒だ。
出た瞬間は
「でろん」
という擬音がピッタリ。
全身真っ黒な・・・そう、ニュースで見た油まみれの水鳥のようでした。
何が起きたのかは良く分からず。
黒い姿からきれいな赤い口が開きました。
部屋に響き渡る泣き声。
妻は泣いていたし、自分はとにかく安心した。
うれしいと言うよりも安心。
永遠と続くかと思われた時間が終わった安堵。
妻が無事であった安堵。
子供が無事この世の中に誕生した事の安堵。
僕は泣いていたし笑っていたし震えていたと思う。
分娩台に戻って数十分待機。
キレイに拭かれたわが子を始めて抱く。
なんたる可愛さ!
新生児はもっとサルっぽいかと思っていたが、
以外にキリっとしてる。
大き目の黒めでこちらを見ている(ように感じた)。
もっと一緒にいたいが、時間は既に深夜2時を回っている。
泣く泣く帰宅。
当然のように、帰宅後はビール。
写メを見ながらビール。
何とか起きて会社に行く。
定時後、すぐに病院へダッシュ。
沢山の方々の訪問があり、本当に感謝。
妻の具合も良さそうだ。
娘を改めて抱く。
この日から、全てが始まるんだな。
あなたが、楽しく素晴らしい人生が送れるよう
親として、一人の人間として頑張るよ。
帰って国稀とカニを買って、一人で娘酒。
出産を経て、人間のことが分かりました。
こういう事だったんだ。
自分を産んだ時、親はこういう想いだったんだ。
親を産んだ時も、祖父母はこういう想いだったんだ。
数十億の人々は、みんなこういう想いの中で生まれたんだ。
それは数千年の間繰り返されてきたんだ。
月並みな表現ですが、
この大きな宇宙の小さな出来事に過ぎないんですが、
自分の「世界」はここにあったんだと。
世界観は、変わりました。
親と、妻と、娘に
ありがとう。
がんばろう
妻のお腹もMAXに巨大化。
出産予定まであと一週間。外食しまくりの我が家は
この日も外食。
どうしてもジンギスカンが食べたくなったので、ススキのの「RAM」へ。
旨し!です。やっぱり道内産のが一番旨いかも。
そして、そのあとは久しぶりにSPA SAFROで温泉。自分はマッサージも。
極楽である。
妻も久しぶりの温泉で極楽。
ビールを飲んで、早めの熟睡。
4/11(月)
明け方に妻に起こされる。陣痛が始まったようだ。
寝ぼけていたので、意味が分からない。
どうやら、もう産まれるようだ。
急いで会社に休暇の連絡をする。
入院の準備はすでにできていたので、妻は余裕だが
自分はあたふた。別になにをやるわけでもないのだが、、、
朝一番で病院へ。
なんだかんだで午前中はあっという間に過ぎて昼ごはん。
意外と旨し。陣痛もまだたいした事は無い。
「余裕じゃんね?」
とタカをくくる。
午後も院内散歩や昼寝(自分のみ)などでリラックス。
個室なのであずましい。
が、夕方くらいから陣痛が強まる。
階段の上り下りをすると良いそうなので、院内をウロウロ。
ホントにこんなに動いていいのかしら?
晩ご飯を食べて、いよいよ陣痛が強まり、
陣痛室へ移動。
21時くらいから陣痛が強くなる。
自分は「腰を揉む」係り。
腰を揉むと楽になるそうだ。数分おきに波のように
陣痛が襲ってくる。
しかし、これはまだ序章に過ぎなかったのだ。
破水してからがすさまじかった。
正直、見るに耐えない苦痛である。
腰を揉み続けるのだが、かなり力を要する。
拳や肘を使って、もう「押し込む」感じ。
ただ、助産婦さんが揉むとラクになるらしいので、
やりかたが甘かったんだろうなと思ったが、、、
ってか、まだ分娩台にいかないのかよと。
時刻は零時を回る。
揉み続けて腕がシビれてきたが、そんなことは問題じゃない。
とにかく、はやく何とかしてあげたいと。
人から聞いた話を思い出した。
A家
背もたれの無い硬いイスで数時間放置。妻にもガン無視。
K家
「大丈夫か」「頑張れ」と声を掛ける夫が妻に
「お前のせいで、こんな目に!!!!」
と罵倒されるw
・・・・と、散々な話ばかり。
でも分かります。それどころじゃない。
4/12(火)
零時を回ったところでようやく分娩台へ。
この後も大変。
立会いで分娩台の横にずっといたのですが、
ひたすら踏ん張る妻。
とくにやる事の無いワタクシ。
ウチワで仰ぐとか、手を握るとか、枕をさせるとか、
そんな地味な活動でサポート。
陣痛のタイミングにあわせて踏ん張るが、
中々出てこない。
1時間以上格闘した後、医者が呼ばれる。
すると、彼はサっと現れてサっとメスで何かを切る。
よく分からんがそんな簡単に切っていいのか!
と思ったが、そこからは早かった。
「あとは力を抜いていいですよ」
そのあとは、とにかく
早く無事に終わってくれと願うばかり。
頭が見えた。
真っ黒だ。
出た瞬間は
「でろん」
という擬音がピッタリ。
全身真っ黒な・・・そう、ニュースで見た油まみれの水鳥のようでした。
何が起きたのかは良く分からず。
黒い姿からきれいな赤い口が開きました。
部屋に響き渡る泣き声。
妻は泣いていたし、自分はとにかく安心した。
うれしいと言うよりも安心。
永遠と続くかと思われた時間が終わった安堵。
妻が無事であった安堵。
子供が無事この世の中に誕生した事の安堵。
僕は泣いていたし笑っていたし震えていたと思う。
分娩台に戻って数十分待機。
キレイに拭かれたわが子を始めて抱く。
なんたる可愛さ!
新生児はもっとサルっぽいかと思っていたが、
以外にキリっとしてる。
大き目の黒めでこちらを見ている(ように感じた)。
もっと一緒にいたいが、時間は既に深夜2時を回っている。
泣く泣く帰宅。
当然のように、帰宅後はビール。
写メを見ながらビール。
何とか起きて会社に行く。
定時後、すぐに病院へダッシュ。
沢山の方々の訪問があり、本当に感謝。
妻の具合も良さそうだ。
娘を改めて抱く。
この日から、全てが始まるんだな。
あなたが、楽しく素晴らしい人生が送れるよう
親として、一人の人間として頑張るよ。
帰って国稀とカニを買って、一人で娘酒。
出産を経て、人間のことが分かりました。
こういう事だったんだ。
自分を産んだ時、親はこういう想いだったんだ。
親を産んだ時も、祖父母はこういう想いだったんだ。
数十億の人々は、みんなこういう想いの中で生まれたんだ。
それは数千年の間繰り返されてきたんだ。
月並みな表現ですが、
この大きな宇宙の小さな出来事に過ぎないんですが、
自分の「世界」はここにあったんだと。
世界観は、変わりました。
親と、妻と、娘に
ありがとう。
がんばろう
生肉
トリミングの手順を大きく省いたなら、提供側の責任は逃れられないね。
ただ、
「コストダウン」
の「コスト」には「安全性」も含まれる事を
我々も十分に知らないといけないと思いました。
要は
「安いものには理由がある」
ってこと。
食品も、ソフトウェアもね。
ただ、
「コストダウン」
の「コスト」には「安全性」も含まれる事を
我々も十分に知らないといけないと思いました。
要は
「安いものには理由がある」
ってこと。
食品も、ソフトウェアもね。
素
全ての自然数は、素数の積で構成されてるんです。
つまり、数字の最小単位は素数なのです。
素数は誰にも分解できないんです。
そして、何にでもなれるんです。
素直で
素のままで
素晴らしい世代を担ってください。
つまり、数字の最小単位は素数なのです。
素数は誰にも分解できないんです。
そして、何にでもなれるんです。
素直で
素のままで
素晴らしい世代を担ってください。
産まれました
どうも、ご無沙汰です。
ところで、4/12に子供が産まれました。
娘です。母子共に健康です。
初めての育児でてんやわんやです。
でも、だいぶ慣れてきましたよ。
育児を二人で楽しもうかと思ってます。
大変なことがこの先沢山待ってるんだろうけど、
きっと楽しいと思う。
みなさま、宜しくお願いします。
ところで、4/12に子供が産まれました。
娘です。母子共に健康です。
初めての育児でてんやわんやです。
でも、だいぶ慣れてきましたよ。
育児を二人で楽しもうかと思ってます。
大変なことがこの先沢山待ってるんだろうけど、
きっと楽しいと思う。
みなさま、宜しくお願いします。
震災に寄せて
日本が大変な事になってます。
多分、多くの日本人の「意識」を良くも悪くも一変させたと思います。
青森県は弘前の大学で4年間を過ごした自分にとって、
東北は愛すべき土地です。
悲しくて仕方がありません。
そして原子力発電所が、こんな事になるとは夢にも思いませんでした。
いや、ずっと夢にうなされてたんですが、まさか現実になるとは。
冷戦の最中だった中学時代。
核兵器に関する本を図書館で読んで恐怖して、
「東京に原発を」という本に影響されて
10代の自分は激しい反原発主義。
20代で「原発は必要悪なので容認」に転向しましたが、
今回の事故はショックです。
オール電化の家に住んでシンセサイザーを何台も並べる自分が
今の生活を下げる事は考えていませんでした。
もちろん原発の「リスク」込みでの事です。
現在でも立場は変えていません。
ただ、リスクの評価は再度行う必要は有るかなと考えます。
全体の電力使用量と生活レベルと原発の事故リスクと安全対策のコスト。
これらを天秤に掛けないと判断できないと考えます。
ただ、一ついえるのは
「安全対策に不備がある原子力発電所は不要」
って事。
じゃあ、
「安全対策が万全な原子力発電所は?」
と聞かれると、それは未だ
「必要悪なので容認」
です。
議論は
「安全対策が万全とはどういう事か?」
って一点。
「万全な安全対策など不可能」
という結果になるか
「ほぼ万全な安全対策が可能」
という結果になるかはわかりません。
単純に事故リスクとコストが、
メリットを下回ったら「容認」です。
あとはサイエンスと統計の世界かなと。
僕は素人なので、専門家の意見を吟味して
判断します。
当然ですが、今回の事故は「安全対策に不備のある」原発だと考えます。
現場で作業に当たってる方や事故の犠牲者の方々には本当に心が痛みます。
自粛はしてません。
毎日自宅でビール飲んでます。
外食もしてます。
お金使ってます。
旅行も行きました
カラオケも行きました。
みんなで乾杯もしました。
自分は平常を保ちます。
自分のプロとしての仕事を全うします。
プロとしての自分だけが日本を立ち上がらせます。
アマチュアの出る幕じゃないです。
不謹慎を恐れずに言うと、この震災で
多くの日本人が大切な事に目覚めたのかも知れません。
もちろん、それに対する犠牲は余りにも大きすぎましたが。
さらに良い日本を作ることしか、犠牲者の魂を鎮める方法は無いと思います。
自分の次の世代が、強い日本を誇れるように。
今日も仕事して飲んで家族を愛して
微力を積み重ねます。
多分、多くの日本人の「意識」を良くも悪くも一変させたと思います。
青森県は弘前の大学で4年間を過ごした自分にとって、
東北は愛すべき土地です。
悲しくて仕方がありません。
そして原子力発電所が、こんな事になるとは夢にも思いませんでした。
いや、ずっと夢にうなされてたんですが、まさか現実になるとは。
冷戦の最中だった中学時代。
核兵器に関する本を図書館で読んで恐怖して、
「東京に原発を」という本に影響されて
10代の自分は激しい反原発主義。
20代で「原発は必要悪なので容認」に転向しましたが、
今回の事故はショックです。
オール電化の家に住んでシンセサイザーを何台も並べる自分が
今の生活を下げる事は考えていませんでした。
もちろん原発の「リスク」込みでの事です。
現在でも立場は変えていません。
ただ、リスクの評価は再度行う必要は有るかなと考えます。
全体の電力使用量と生活レベルと原発の事故リスクと安全対策のコスト。
これらを天秤に掛けないと判断できないと考えます。
ただ、一ついえるのは
「安全対策に不備がある原子力発電所は不要」
って事。
じゃあ、
「安全対策が万全な原子力発電所は?」
と聞かれると、それは未だ
「必要悪なので容認」
です。
議論は
「安全対策が万全とはどういう事か?」
って一点。
「万全な安全対策など不可能」
という結果になるか
「ほぼ万全な安全対策が可能」
という結果になるかはわかりません。
単純に事故リスクとコストが、
メリットを下回ったら「容認」です。
あとはサイエンスと統計の世界かなと。
僕は素人なので、専門家の意見を吟味して
判断します。
当然ですが、今回の事故は「安全対策に不備のある」原発だと考えます。
現場で作業に当たってる方や事故の犠牲者の方々には本当に心が痛みます。
自粛はしてません。
毎日自宅でビール飲んでます。
外食もしてます。
お金使ってます。
旅行も行きました
カラオケも行きました。
みんなで乾杯もしました。
自分は平常を保ちます。
自分のプロとしての仕事を全うします。
プロとしての自分だけが日本を立ち上がらせます。
アマチュアの出る幕じゃないです。
不謹慎を恐れずに言うと、この震災で
多くの日本人が大切な事に目覚めたのかも知れません。
もちろん、それに対する犠牲は余りにも大きすぎましたが。
さらに良い日本を作ることしか、犠牲者の魂を鎮める方法は無いと思います。
自分の次の世代が、強い日本を誇れるように。
今日も仕事して飲んで家族を愛して
微力を積み重ねます。







