曽山

おもうこと
08 /03 2017
★subject 曽山

遡る事10年前。
 
1994年の桜を待ちわびる弘前大学のキャンパスにて。
 
当時19歳の私は、肩まで伸びた長髪にツギハギのハンチングとシャツ。
そしてボロボロのジーンズで新入学生相手にストーンズなんかを演っていた。
 
その時、突然私の前に現れた新入生らしい男は
「僕も仲間に入れてください」
いきなりそう言った。
 
物怖じしない言動、新入生とは思えぬ堂々とした雰囲気と、
異常なまでの腰の低さ。
 
 
 
まだトータス松本ではなく、草野マサムネに似ていたころの
20歳の曽山武士だった。
 
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★subject 曽山2
 
彼は当時長髪の私を見て最初に
「タキガワマンに似てますね」と言った。
無論言うまでも無く矢沢あいの名作
「天使なんかじゃない」に出てくる生徒会の会計係で
長髪二枚目の瀧川君の事である。
 
って私が「りぼん」の愛読者じゃなかったら
どうするつもりだったんだろう。
やはり只者ではない。
 
そのバンド仲間の集まる集団の中で武士は
「たけちゃん」と呼ばるようになった。
特有の人懐っこさであっという間に先輩に可愛がられていた。
同時に同級生の中では抜群のリーダーシップをとり、
「死ね死ね団」と「わくわく汚物ランド」という二つの
名バンドを作り上げた。
 
が、当時の「たけちゃん」からは「ロック」という言葉に
特別な意味を感じなかった。
普通にビートルズとオールドロックを愛するベース弾きで
口数の少ないおとなしめな男だった。
 
私は「鍵盤の白いところを目掛けて叩く奏法」から
オリジナルインストバンドをやるようになり、ロック以外に
音楽の幅を広げていった。広げすぎたのが後の敗因なのだが。
 
そして毎日音楽を肴に朝まで酒を飲み
唯一の娯楽であるボーリングに勤しみ
唯一の郊外型デパート「ビブレ」に入り浸り
駅前ダイエーの動く歩道で一日中遊んだり
 
そんなことしてるうちに私は4年生になっていた。
たけちゃんは部長を退いた瞬間「ザコ」になっていた。
 
 
 
その時点で私は卒業単位の半分もとっていなかった。
が、たけちゃんは2単位ぐらいしか取っていなかった。
私も相当を音楽に費やしていたが、彼は学業など全くしていなかった。
 
私は学科の廃止統合のドサクサで、無理やり卒業させられる。
そして就職浪人の後、就職に失敗して山梨に飛ばされた。
(そしてその後消息不明扱いに)
 
たけちゃんは「無駄な」4年間をきっちり過ごして
そのあと、きっちり現在の大学に合格し医師の道を歩みだす。
 
中途半端に遊び、中途半端に社会に出た「私」
完全に遊び、完全に復活した「たけちゃん」
 
ここが凡人と非凡な人間の分かれ道である
 
 
私は山梨で楽器を手に取らない「生きていくだけの」
生活を始めた。
 
バンド仲間はおろか、たけちゃんの事なんて何一つ思い出さなかった
 
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★subject 曽山3
 
私は山梨生活の3年目にようやくバンドをやりだした。
そして念願の「ベースギター」を手に入れた。だれも知らない土地で
「ベーシスト」として音楽歴をリセットしたのだ。
 
 
そして2000年の夏
 
私は幼馴染の結婚式に出席するために札幌へ帰ることになった。
東京ー札幌の飛行機に乗っていると、誰かが私を呼び止める。
そこには、どこかで見たことのあるトータス松本がいた。
 
たけちゃんだ。
 
ここで初めてたけちゃんが北海道の大学にいることを知る。
色々聞きたいことはあるのだが、それには千歳~札幌の距離は
余りにも近すぎた。が、その時は札幌駅で別れてそれっきりだった。
 
その時唯一知ったことは
「どうも彼はインターネットでなにやらコラムを書いているらしい」
という事であった。
 
それから「そやまたけしの世界」なるページは私の
会社での暇つぶしになった。そのページはどうやら
「BEATSAPPORO」という札幌バンドマンの
WEB上のコミュニティらしい。当時は個人のウェブサイトが
まだ珍しい時期だったのだ。
 
私は山梨からそのページを食い入るように見た。
懐かしい札幌で大好きな音楽。
全てのバンドがとても楽しそうに見えた。
 
早く札幌に帰ろう。
札幌でバンドをやろう。
私は転職の意志を固め、同時に自身のホームページを立ち上げる。
 
 
 
当時、「BEATSAPPORO」なるページには中心となっているバンドがあった。
そのメンバーはとても「濃い」メンバーで構成されているように見えた。
特にボーカル(女)はいつも変な衣装を着ている。
 
たまに彼女の日記(詩)を見ていた。
たとえば、ある詩のタイトルは
 
「公衆便所」
 
そこには、目覆いたくなる卑猥な単語が並ぶ。
そして強烈に感じる「メス」の匂い。
 
「・・・この怖い女の人と目を合わせちゃいけないな。取って食われそうだ。」
そう思った。
 
 
その怖い女の人は「CounterFeits」のボーカルの「KEI-CO」さん
 
 
 
今の妻である
 
 
 
山梨にいた時から私は妻を知っていたのだ
 
 
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★subject 曽山4
 
「BEATSAPPORO」をかなり熱心に、
山梨から指をくわえながら見ていた。
 
お陰で管理人さんや副管理人さんが「CounterFeits」のメンバーであることや
アニキ@L.E.Dなるドレッドヘアの怖そうな風貌の人がいる事や、あちこちの掲示板で良く見かける
YUKIなる人も何となく知っていた。
 
「札幌にはすごい人たちが沢山いるんだ」
 
 
 
2000年冬
 
私はようやく札幌で就職できる事になった。
 
たけちゃん改め武士は私を喜んで迎えてくれた。
とりあえず「多良福」で朝まで飲んだ。
彼はずっと叫んでいた。
「BEATのみんなを紹介したいんです!!」
 
 
そして、私は幼馴染と10年越しの願いが叶い、ようやく一緒にバンドをやることに。
といっても当時は「仕事の傍らで、年に1、2回ライブをするくらいの気楽なバンド活動」
ぐらいな構想だった。
 
初めてのライブは161倉庫。
武士ももちろん来ていた。
 
会場で武士が誰かに気が付く。
 
それは良く見るとドレッドヘアではなかったアニキ@L.E.Dさんとその弟さん。
うちのギターとは、昔のバンドメンバーだったらしい。なんという奇遇。
 
アニキ@L.E.Dさんは意外と怖くなく、声が異様に高いのが印象に残った。
 
 
 
二回目のライブ。やはり161倉庫。
 
この日はKIYAーHENというジミヘンのカバーバンドが出ていた。
そのバンドを見に同日、ライブだった「CounterFeits」のメンバーが
161倉庫に来ていた。
 
 
 
武士は約束通り、「BEAT」関係の色々な人を紹介してくれた。
 
 
その中で、一人の大きな金髪の女性を紹介された。
彼女は、地肌が透けるような派手な衣装を着ていた。
メイクも派手。というよりケバイ。
 
なんだあいつは
 
歳は30前後ぐらいか?
 
酔っ払っているのか目が泳いでいるし、顔が「茹でタコ」のように赤いのが
薄暗い161倉庫でもはっきりと分った。
 
 
 
言うまでも無くその人は「CounterFeits」のボーカルの
「KEI-CO」さん
 
言うまでも無く私の妻である
 
 
 
第一印象最悪
 

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★subject 曽山5
 
妻の私に対する第一印象は
「大泉洋がベース弾いてる」
・・・以上
 
 
それ以降は顔は合わせるが、特に話をすることも無く半年が過ぎる。
人見知り同士ってのは全く何も進展しない。
同じ匂いは感じていたのだけど。
 
 
武士は札幌で劇的に変わっていた。
 
・ドラムを叩いている
   →弘前に居たころは触っている姿を見たことが無い
 
・ニルバーナを聞いている
   →弘前に居たころは新しめの音楽なんて聴いていない
 
・良く喋る
   →弘前に居たころはあんまし喋らなかった
 
・「ロック」ってよく言う
   →弘前では言わなかった
 
・中指を立てる
   →立てなかった
 
 
武士は弘前の「全て」を札幌に持ち込んでいた。
 
全ては「パクリ」である。
 
 
でも私は全く否定しない。
 
つまらない「オリジナル」より人を幸せにする「パクリ」のほうが
数万倍すごいと思う。
パクリだろうがパーティーは楽しいし、乾杯で回るのも最高に幸せだ。
「切ない話」は飲み会の定番だし、「ちょして~♪」もドラム叩きながらの
「青い珊瑚礁」も、もはや芸術だ。
 
 
ただ、札幌では私一人だけが懐かしい
 
 
だから、私が札幌で一番幸せなのかもしれない
 
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★subject 曽山6
 
武士とKEI-COは大学の同級生らしい。
大学入りたてのころは、一升瓶持ってクラスメイト宅を巡回した二人。
やがて「会ったら必ず殴る」宣言をされたほど険悪になる二人。
仲がいいのか悪いのか良く分らない微妙な二人。
 
「って事はあの金髪が医者になるのかよ!」
 
恐れおののいたが、やがて腹が立ってきた。
日本はもう終わりだ。
 
 
今は無き旧あちゃらかに現れた桂子ちゃん(武士の妻の方の)は
いきなり可愛かった。彼女は
「そやまたけしさんって知ってます?彼は天才ですよ!」
と興奮気味に話した。
 
 
いやな予感がした
 
 
その年の夏、武士と桂子ちゃんは小樽ドリームビーチの夜の砂浜へと消えた。
 
 
いやな予感は的中した
 
 
 
KEI-COと私は2001年11月の卍巴というライブの後の「多良福」にて本格的に初遭遇する。
 
その日は会話と笑いが止まらなくなり
 
次の日には付き合っていて
 
三ヶ月後には同棲していて
 
その半年後には結婚していた
 
 
私達の全てを引き合わせてくれた武士には、KEI-COによる「復讐」の為に
ずっと秘密にしていた
 
そして一月後の「多良福」にて私達は武士の前に現れた
 
あまりに動揺した武士は言葉も出ず。
曰く「人生で一番動揺した」瞬間だったそうだ。
 
「・・・・ひょっとして電話番号とか交換しちゃったんですか・・・?」
などと小学生みたいなことを口走る。
 
 
「もっともっと色んな”モノ”交換し合っているわ」
とKEI-COが嘲笑を交えて答えた。
 
 
 
KEI-COは実習の為、ライオンのような金髪を黒髪に戻した。
 
 
「KEI-CO」は「敬子」になった
 
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★subject 曽山7
 
武士は私を「ロック」というが、どうかね。
 
武士は私が何回聞いても「ロックって何なんだ?」の問いに答えてくれないんだ。
まあ君がそういうなら私も「ロック」なんだろうか。
 
本当はそんな「言葉」の事はどうでも良いのです。
信じた音楽を何て呼ぼうが関係ない。
 
が、思いの込められた「言葉」は心に響く
 
 
「ロック」
 
 
この言葉に武士が込めた思いの数パーセントぐらいは知ってるので
その言葉は「生き方」の事なんだと分るわけです。
 
私には気軽にそんな「言葉」口に出せない
 
やはり私は只の音楽好きなのだと思う
 
 
 
まあ、武士がいなかったらこんなに音楽の血が
熱く蘇ること無かっただろうな。
武士の言う「弘前」とやらをいつのまにか(勝手に)
背負ってしまった感がありまして。
そんなんで、昔よりはるかに練習と研究をしている気がします。
 
もうひとつ。
 
私のことを「変な鍵盤弾き」と認識している武士に、
「ベース弾き」として認めさせるために頑張ってきました。
「ちゃんとした」事もできるんだよと、そんな事を知って欲しかったのですが、
ライブを見てもらう機会も無く残念です。
 
武士が札幌に来る頃にはもうちょっと上手くなってます。
 
 
 
そういえば。
 
桂子ちゃんと唯一にして、初めて一緒にやった曲は
TOKIOの「LOVE YOU ONLY」だったりしたねえ。
 
そんな時代の思い出したくない、恥ずかしくて未熟な自分もまた
今日の糧になってるんだろうか
 
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★subject 曽山8
 
可愛いほうのケイコちゃんはギターを弾きます
おかしいほうのケイコは歌を歌います
 
可愛いほうのケイコちゃんはコンサバな服が似合います
おかしいほうのケイコは変な服が似合います
 
可愛いほうのケイコちゃんはバリバリの主婦になってくれるでしょう
おかしいほうのケイコはバリバリ働いてくれるでしょう
 
 
同じ名前の妻を持った私達は、ちょっとした「特別」になってしまいましたね。
 
君が居なかったら私は敬子と出会っていなかっただろう。
君が居なかったら私はこんなに多くの素晴らしい音楽仲間と出会って居なかったろう
幸せな家庭も無ければ、こんな真剣に音楽に取り組むことは無かっただろう
 
 
 
要は、ここまで長々と書いたのは次の一言が言いたかっただけ。
 
 
「有難う」
 
 
 
結婚パーティーで気の利いたことも言えなかったことを反省し、
この場を借りて語ってみました。
 
 
 
でもどうせ武士は見てないのだな
見られてもちょっと困るけど
 
二人ともどうかお幸せに。
 
 
 
「音楽」と「それに伴う諸文化」と「それで出会った人たち」に乾杯
 
 
ロケンロー
 
オーナイローン
 
 
 

 
---

※以前、個人WEBサイトに掲載していた内容の復刻です。
 作成は2004年くらい?のものなので今とはまったく状況は違うのですが、
 あえてそのまま再掲載します。曽山からの要望にて。

辛いの向こうに楽しさが

おもうこと
06 /13 2017

続きを読む

滑舌との闘い

おもうこと(音楽)
06 /07 2017
某先生の所にボイストレーニングに通っていた時の話。
もう10年くらい前のことになりますね。

数多くの課題はあったものの、一番の課題は
「滑舌」でした。

歌の節回しのキレの悪さもさることながら
「歌詞がよく聞き取れない」
という問題が。
自分で思うに、それは聞き取れないというよりも
「何か不快な発音」
だと感じていました。

滑舌については、当時は色々と取り組みました。
早口言葉や、有名な「あめんぼのうた」など。

ただ、どうしてもうまく発生できない。

特に「き」「り」「ち」「に」が絶望的に発声できない。


その後、自分でも色々と考えた結果、「舌の位置がおかしい」ことに気が付きました。


--

か行、ら行、な行などは、舌先を上あごにくっつけて話すことによって
子音の発音を行います。母音は口の形で表現しますので、基本は
ら り る れ ろ
であれば、舌先のくっつくポイントは同じはず。

ただ、私はラ行で言うと「り」のみ舌を使わず「奥歯」を使って発声していたことがわかりました。
「き」も「に」も同様でした。
イメージとしては「歯ぎしり」みたいな感じで、奥歯から息を勢いよく漏らすことによって
これらの音を出していたという。
不快な発音の原因はこれでした。
また、発音ポイントが他の音と大きく異なることで、素早い発声ができないという。
「側音化構音」っていうらしいです。

さらに自分で色々と研究してみると、舌先をつける他の音についても
舌先ではなく「舌の右側」で発声していることに気が付きました。
どうりでキレの悪い発声だったわけで。

つまり、全体に「右側」に寄った発音をしていたわけです。

なんでこうなったか、いつからこうなったかはさっぱりわかりません。
舌の力が弱い・短いことが理由かもしれないですし、
アゴのゆがみが原因かもしれません。

これじゃあ、歌えないですよね。
というか、普段の喋りにも支障が。

---

ボイストレーニングに通わなくなって以降も、滑舌の改善は行っていました。

具体的には、「い段」の舌の位置を正規の場所に置く事。
特に「き」「り」「ち」「に」は苦労しました。
今まで全く行っていなかった発音だったので。
これを大人になって習得するのは、かなりつらかったです。

たとえば、「料理(りょうり)」という言葉が、数年間
発音することができませんでした。

一息ついて、舌の位置を移動、確認したから「りょうり」は言えるのですが、
他の単語と連携して「りょうり」とは言えず、日常会話に苦労しました。
タクシーで「みぎ」「ひだり」も伝わらなかったことも苦労です。
頭で考えた単語がすっと出ないということは、もどかしいものです。
やっとこれらが日常会話で「頭とシームレス」に発声できるようになったのって
本当に最近です。

また、他の音についても、舌の位置を極力「中心」に置くように心がけています。
これも辛い。数十年使っていなかった舌の筋肉を酷使することで、
舌が筋肉痛のような状態になったことも。


今の課題は「ま行」ですね。
唇の開きが小さい事とブレスのアタックの弱さが原因かと思います。
「い段」もまだキレイな発音ではないし。

--

時は流れ、今は人前で歌はあんまし歌わなくなりましたが、
人前でしゃべることも増えました。
滑舌はいまだにコンプレックスであります。

とはいえ、あのとき気が付いて改善に取り組んでよかったなあと思っています。
何がどう役立つかって、分からないものですね。


というわけで、「多少はマシ」になったお話し第二弾でした。



T先生には感謝しております。

歌とリズムの練習方法

おもうこと(音楽)
06 /06 2017
私が歌とリズムを語るなよって話ですが、それは置いておいて。

こんな私でも、以前にボイストレーニングに励んでいた時期がありました。
(某T先生に従事)

# バンド演奏経験はそこそこ長かったですが、バンドで歌を歌ったことも歌う気なんかも一切なく。
# ただ、色々と成り行きでそうなりました。


その時行った印象深い練習を紹介します。
(企業秘密であればすみません。削除します。)

①椅子に腰かける

②メトロノームを鳴らす(120くらいかなあ)

③足をクリックに合わせて両足交互に地面を踏む(つまり、4分音符に合わせて、右、左、右、左)

④拍に合わせて、「あ、え、い、う、え、お、あ、お」「か、け、き、く、け、こ、か、こ」・・・・を発声(つまり、4分音符に合わせて一文字ずつ発声)
※③と④は、以降ずっと継続

⑤次に、「発声と足踏みを続けながら」拍に合わせて両手で交互に膝を叩く。
 (つまり、4分音符に合わせて、右/左/右/左)

⑥それができたら、「発声と足踏みを続けながら」、膝を叩くスピードを倍にする
 (つまり、8分音符に合わせて、右左/右左/右左/右左)

⑦それができたら、「発声と足踏みを続けながら」、膝を叩くスピードをさらに倍にする
 (つまり、16分音符に合わせて、右左右左/右左右左/右左右左/右左右左)

⑧それができたら、「発声を四分音符で続けながら」、膝を叩くスピード「一拍三連」にする
 (つまり、4分音符一拍で3つ叩く。右左右/左右左/右左右/左右左)
 
⑨それができたら、⑤に戻る。以下、ずっとループ


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結構難しいです。

元々は、弾き語りの為のトレーニングだそうです。
滑舌&歌と手の分離&リズム感養成という3つの効果がある気がしています。

ただ、弾き語りだけじゃなく、「歌のリズム」の感覚を養うにも効果的かなと思っています。

経験上、歌い手さんでバンド経験のない方が、最初に悩むのが「リズム取り」だと思っています。
(私もそうでした)
・バンド演奏の拍を見失う
・シンコペーションなどの細かい節回しができない
・ノリの良い歌が歌えない(何を歌っても演歌になってしまう⇒拍の取り方が常に大きい単位)
・舌がリズミックに回らない
などの方に有効かと思います。

応用として、これやりながら通常の歌を歌う事も有効です。
曲のテンポに合わせて、4分~16分のパターンを叩きながら歌ってみると、
色々気が付くことがあります。
(最初はかなり難しいはず)

まあ、何度も言いますが私が「歌とリズム」を語るよよ・・・なのですが、
下手な分、色々と考えてはいるのです。(できない人の気持ちはわかる)


当然、今も全く上手ではないんですが。

これでも、先生のおかげで少しは「マシ」になってるんですよ。

投手の配置と継投について考える

野球
05 /21 2017
前回の記事で、打順について考えてみました。

良く考えると、投手について考えたことがなかったなあと。

考えるきっかけは、ネットで見たこんな意見。
「一人で9回を投げようとするからダメなんだ。一人1イニングで一試合9人で投げれば?」
「一人3イニング×3人とかでもいいんじゃね?」

みたいな。

今の野球のスタイルは
・先発ピッチャーが、まずは投げる
・打たれだすor打たれそうになったら、中継ぎに交代
・最後の回はクローザーと呼ばれる選手が〆る

みたいなパターンが多いです。

先発-中継ぎ-クローザー
ですね。
勝ちゲームの中継ぎは近年「セットアッパー」とも呼ばれますね。
大体、「先発ピッチャー」と呼ばれる選手には、能力が高い選手が配置されることが多いようです。
(年棒などをみると、その傾向はあると思います)
そしてクローザーも重要視されるのが昨今です。

--

前回の「打者の打順」の時のように、投手の「能力」を考えると結構シンプルで
「走者を進ませない能力」
のみだと思いました。
打者の能力を前回「自分自身も含めて、走者を進ませる能力」と定義したので、
その反対ですね。

とにかく打者走者を出さない、出しても進ませない、進ませたとしてもできるだけ少なく。
三振を取るもよし、打ち取るもよし。ホームランはなるべく打たせないでシングルに留めるなど。
# 思うに、上記は打者なら長打率やOPSですが、投手に該当するメトリクスって、あまり
# パっと浮かびません(あるんでしょうけど)

よって、「走者をなるべく進ませない」能力が高いほど「良い投手」です。

--

基本は、以下の理由にて、投手の配置と継投が決まると思います

①たくさん投げさせたい投手には、たくさんの回数を投げてもらいたい
②一度投げてしまった投手は、休養が必要。
 だが、必要な休養は投球イニング回数に完全には比例しない
③最終回は、相手の攻撃力が上がる

--

①たくさん投げさせたい投手には、たくさんの回数を投げてもらいたい

打者の時と同じです。なので
「開幕戦はエースが登板」
になりますし、
「良い投手を初回からできるだけ長く投げさせる」
になります。



②一度投げてしまった投手は、休養が必要。
 だが、必要な休養は投球イニング回数に完全には比例しない



たとえば、
「3イニング投げた投手は、9イニング投げた投手よりも、疲労度が1/3になる」
=「9イニング投げた投手の1/3の休養で済む」
のならば、「3イニングずつ3回」という策も、まあ分からなくもない。

ただ、実際には「準備するだけで疲れちゃう」わけなのです。
「3イニング投げた投手も、9イニング投げた投手よりも、疲労度はさほど変わらない」

# 疲労度=投球イニング×定数A+定数B ・・・のイメージ

なので
「投手はできるだけ登板させない」(=なるべく少ない人数で試合を乗り切りたい)
になります


③最終回は、相手の攻撃力が上がる

最終回は特別です。
特に負けているチームについては、次の回以降の守備や投手を
ある程度無視して打撃策を展開します。
具体的には「代打」作戦ですね。守備に難があっても打撃に秀でるような打者を
ここぞという場面で惜しみなく出してきます。

よって
「最終回を〆る投手は、良い投手を配置することが望ましい」

--


条件1:「良い投手を初回からできるだけ長く投げさせる」
条件2:「投手はできるだけ登板させない」
条件3:「最終回を〆る投手は、良い投手を配置することが望ましい」


ですね。

ですので、
良い投手を初回から投入して、なるべく引っ張る。
最終回を良い投手に締めてもらう。
先発投手が投げられなくなった場合は、最終回までは「なんとか繋ぐ」


ということで、現在の先発-中継ぎ-抑えのシステムが出来上がったのだと思います。
これまた、理にかなっているという事ですね。

ネットで見た意見の
「一人3イニング×3人とかでもいいんじゃね?」
は、条件2の理由で無理になります。
実際には投げられる投手が尽きてしまうという。。。
また、条件1により、良い投手(調子の良い投手)はできるだけ引っ張る必要もあります。

--

これも、打順と同じように「チーム内の良い投手の人数」に依存しますね
昔懐かしの「JFK」みたいなのって、抑えメンバが充実しているからです。

そして、もちろん「適正」はあります。
先発-中継ぎ-抑えにそれぞれ向き不向きはあると思います。



藤川球児は中継ぎの時が最高だったなあと個人的には思っています。

打順について考える

野球
05 /21 2017
野球の打順について。

一般的には、こんなイメージですかね。

1番 足が速い。出塁率が高い。
2番 バントなどの小技が得意。足が速い。
3番 打率が高い。確実性が有る。足も速いと良い。
4番 長打力がある。一番信頼される打者。
5番 長打力がある。
6番 意外性。長打力がある。
7番 小技?チームによって色々変わる
8番 セリーグなら捕手の指定席。
9番 セリーグなら投手の指定席。

--------

野球の長い歴史に基づいて考えられたこの適正は、きっと正しいのでしょう。
ただ、最近は「二番打者最強論」とか、9番に足の速い選をおく、、、など
色々なバリエーションがあるようです。


なので、私も考えてみました。


まず、野球というスポーツの本質は
ランナーを次の塁に進める
ことです。

関連する能力は、大きく二つ
1、打者の「走者を塁に進める能力」
2、走者の「次の塁に進む確率を高める能力」


1について。
ここの記事の中では「打撃能力」という名称とします。
「自分も含めた走者を塁に進める能力」ですので、「長打率」とか「OPS」をイメージしてください。
# メトリクスの詳細の話はここでは割愛。

ここでは、8打席中シングルヒットを4本打つ人と、8打席中ホームランを1本打つ人は、同じ能力と考えます。
単純に「ランナーを先の塁に進める能力が高い」=「良い打者」とします。


2について。
ここの記事では「走塁能力」という名称で定義します。

同じ打球でも、どれだけ次の塁に進めるかは、ランナーの能力にも依存します。
また「盗塁」という作戦にて打者に依存せずに塁に進むこともできます。
打撃能力にプラスαして、次の塁に進める確率を高めることができる能力です。


★まずは、野球の打者の能力要素を簡潔に「打撃能力」と「走塁能力」に分けてモデリングしました
 
---

まず考えないといけないのは
「打線」は「直線」ではない
ということ。
あたりまえですが、打者の順番は「円」です。本質的には1番と9番の違いはありません。

なので、「打順なんて、どうでもいいんじゃん」とも考えられるのですが、
以下の3つの理由によってある程度根拠のある打順が考えられると思います。

①若い番号の打順の方が、より打席に入る回数が増える
②「良い打者」を固めて相対配置する
③累上にいるランナーは、足が速いことが望ましい


--

①若い番号の打順の方が、より打席に入る回数が増える

当たり前と言えば当たり前ですね。1番と9番に違いは無いのですが、
年間トータルで100打席くらい違うらしいです。
1番と2番ですら、多少は違うと思います。
「たくさん打たせたい打者」は上位打線に配置するべきです。

というわけで、結論としては
「打席に立たせたい打者(良い打者)はなるべく若い番号の打順に配置する」


②「良い打者」を固めて相対配置する

いくら「打撃成功=ヒット以上を打つor四死球」を達成できても
「連続で打撃成功」しないと意味がないです。
なぜなら、「1イニング3アウト」という縛りがあるので。
# 1イニング27アウトであれば、あまり関係が無い

結論としては
「良い打者は並べる」



③累上にいるランナーは、足が速いことが望ましい

累上:「走塁能力が高い」
打席:「打撃能力が高い」

の状態だと、塁を進める確率が格段に高まります。

これが
累上:「走塁能力が低い」
打席:「打撃能力が低い」
だと最悪です。

よって、結論は
「走塁能力が高い人が先に打撃を行って、その後に打撃能力が高い人が打撃を行う」

--

まとめると、以下の条件を最適化させたものが、ベストな打線なはずです。

条件1:「良い打者はなるべく若い番号の打順に配置する」
条件2:「良い打者は並べる」
条件3:「走塁能力が高い人が先、その後に打撃能力が高い人を配置」



・・・

となると、結局は「みんなが思い描いているイメージの打線」
になるわけですね。

1、2、3に足の速い人を配置してなおかつ出塁率を重要視するのは
条件3からです。

クリーンナップと呼ばれる3、4、5に強打者を配置するのも
条件2と、条件3からです。

6番以降の打順で能力が徐々に能力が下がるのも、
条件1からですね。

ただ、条件1、2、3のどれを重視するかで、打順がの考えが変わります。

条件1を重視するのであれば、二番打者に強打者を置く打順なども考えられます。
要条件3を重視するのであれば、9番に俊足な打者を置く打順もありだと思います。


あと、
④初回攻撃に限り、事前に想定した順番での攻撃が行える
ってのもあるんですけどね。
1番が出塁して、2番が送って3、4、5が返すっていう。
ちょっと効果は限定的かなと思います。


実際には、塁を進める要素として「犠打」ってのもあるので、
もっと複雑なモデルになるのですが。
(今の私のモデルだと、二番打者に小技がきく打者を配置することを説明できない)


さらには、「打撃能力が高い人」「走塁能力が高い人」がどれだけチーム内にいるかどうか。
2番に強打者を置いても、そのあとに続く良い打者がいないと意味がないですし。

# 8、9番に打撃の能力が低い人が入るわけなので、2番打者が打撃を行うときには
# 塁上に走者がいる確率は低い。そのシチュエーションで、「唯一の最強打者」を置くのは
# 得策ではなくなる。

9番に俊足を入れる作戦も、それは1、2番に配置できる「足が速くて打撃もそこそこ」な人がいればこその
話ですからね。

--

補足ですが、打線が「円」なのは、パリーグは確実にそうなのですが
セリーグだとちょっと違うかもしれないですね。
他の選手より、明らかに打撃能力と走塁能力が劣る選手=投手が存在するってことで、
その投手をどこに配置するかっていう問題。
つまり、「円」が「投手の位置を基準とした相対位置」にならざるを得ないわけです。
投手が条件1により9番に固定配置されるなら、円が分断されるので「直線」のようになり、
ある程度打順の配置が「決まりきってしまう」ことになるかもしれないです。

# 個人的には、打順にバリエーションを持たせられるパリーグの方が好きです。

見知る

ひとこと
11 /24 2016
「自分は人見知りなので。。。。(照)」

ってただ単に「自分は他人と関わりたくないだけだよ」
と言ってるに過ぎない。


もっとも、苦手/得意はあるとは思うけど。


自ら壁を張っている人に対して、こちらから深くアプローチできるほど
暇ではない。

マイホーム

ひとこと
11 /21 2016
「すっかりマイホームパパだねえ」
と以前言われたことが。
なんとなく
「マイホームパパ=子供を肩車する姿=すっかり丸くなった」
みたいなニュアンスが。

正直

仕事よりも
音楽活動よりも

何十倍も責任が重くて、大変だわ。

楽しげなことばかりじゃないもんね。



もちろん、妻の足元には及ばないけどね。
仕事も育児も。

何一つ及ばない

ひとこと

ひとこと
12 /17 2015
まあ、結局のところ結果を出さないと負けだ。
何を言われても仕方がない。
かえって燃える。

が、相手の人間の底が見えるね。
ステレオタイプに分かったような気にならないでほしい。


評論家はいらないんだよ。
じゃあ、お前がやれよって話。


感想

おもうこと
05 /19 2014
放射線で水が過酸化水素に変化することが、ありうるのか?
また、変化の具合は、他の要因よりはるかに大きいのか?
その過酸化水素の身体への影響はどんなものか?


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論じてる人は、みんなあの漫画の中身読んでるのかな。
私は20年近く読んでいる雑誌なので、最近の騒ぎはいい迷惑。
(買うのが恥ずかしい)


それぞれの立場の人が、自説を肯定したいだけのために、
読んでもいない漫画を利用してないか?

Ue

札幌のアマチュアミュージシャン&ソフトウェアテストエンジニア。
育児に奔走しながら、色々と。

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