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ニュースより

おもうこと
05 /30 2008
『日本人、宗教「信じない」7割』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080529-00000063-yom-soci

タイトル見て?と思いましたが、内容は非常に面白かったです。

確かに日本人は特定宗教は信じないけど、何かしらの
「宗教観」は大事にしてると。
たとえば先祖を敬うことだったり、自然に畏怖を覚えたり。

他宗教の神すら、八百万の神の一人として扱う
いい加減かつ寛容な宗教観。
そして人間すら神になれるという、自由さ加減。




人間はとても小さくて、この世の仕組みは余りにも大きすぎて。

人間は天候を変える為に神に祈り
「死」の恐怖をやわらげるため祈り、「あの世」を信じて
何の理由も無い自分の存在や仕打ちに、メタレベルでの理由を見出そうとしたり。

だから宗教は世界中に存在するんだろうな。
科学がどんなに進化しようとも、人間が「死」を免れない限りは
宗教はなくならない。

無くなっちゃいけないんだ。
フィクションとしてでも、死んでいった人はどこかに存在して欲しいし、
敬わなくてはいけないから。


ただ、その「よりどころ」が、「一人の神様」であることを
きっと日本人は好まないんだろう。
それを「自然」と「人間自身」に求めたところに
日本人の特殊で素敵な宗教観があるのではないかと。



いつも言ってることになっちゃんだけど、

愛する人間の「魂」なんてものは恐らく存在しないけど
願わくば、存在して欲しい。

その心は人間として大切だし、「宗教」と呼ぶなら別にいいと思う。



だから、「宗教」と「科学」とは何の接点も矛盾も無い。
科学至上主義の僕が宗教を語ることに問題はない。

コメント

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Kiry

矛盾が多い世の中。その読売のアンケートの集計結果、7割が宗教を信じないと言っていながら、自然には人知を超えたものが存在する、と言っている。目に見えない世界…。私には見える!先祖が!と言う人がいるが、先祖って一体何人いると言うのか。5代遡っただけで7万人近い。それだけいれば適当な事言っても必ず誰か偉大な先祖に行き当たる。そもそも今ある宗教は、徳川家康が天下を取った以降に確立された。それ以前の日本人の性格は、実用的なものや自己又は家族等身内友人知人さらに日本国全土に至るまで、利益になる事、感激する事、素晴らしいもの(事)があれば、素直に学んだものである。キリスト教が伝来すれば5年足らずで全国に広まるわ、鉄砲もしかり、中国や朝鮮から伝来したものが日本人用にアレンジされた感は否めないが、ことごとく全国に普及し、発展して来た。そこに本当の宗教がある。「宗教」と言う言葉が今「悪い」イメージに定着しているのであれば、徳川政権以前の本当の宗教を別の名で呼べば良いのではないだろうか。徳川が天下を継続していくためにこれまであった宗教では民衆が力を持ち過ぎて統治するには不都合がある、と言う事で作り出されたのが「葬式仏教」である。民衆が智慧をつけ力を持ち物事の道理や正義を素直に学べば、幕府の統治力は民衆に脅かされ、徳川の天下が永続しなくなる、と考えたためだ。日本では、宗教関係を深く掘り下げると言った学問を認めていない、信教の自由と政教不一致が憲法で叫ばれているためだ。徳川政権時代に宗教改竄が行われたのは、歴史的事実である。その後、明治維新の立役者になった人物達がどう言う人物だったかを思い出せば、おのずと解る事であろう。ほぼ全ての改革が宗教(正義と道理と平和の信念)を心に秘めた庶民からの改革であった事も、歴史的事実である。まだまだ本当の宗教がある事の証明は多くあるが、これらの事からだけでも、宗教の正しさ、必要性が無いと言えるだろうか。言えない。今の宗教は腐っている。しかし宗教は必要である。自己変革・社会変革・世界変革・そして世界平和を実現するために、その道理や正義がいかなるものか、また、悪とは何かを、学ばなければならない。学び続けていく中に、変革の波が生じるのである。そう世界の歴史が語っている。

なんだ一番上のコメントはコピペか・・・。

日本の宗教観というか、宗教に対する寛容ぶりは相当なものではないでしょうかね?
今日は神社で明日はお寺は当たり前、クリスマスイブに騒いで、肝心のクリスマスはスルー(笑)
結婚式も神社で済ます人もあれば、教会であげることもあります。
でも、一方で祖先に対して敬ってたりするあたりは、
まったくもって無宗教ではないという事を物語ってますよね。
仏教とかの影響もあるんでしょうけど、日本人は何か一つを神と崇拝するよりも、
まずは何に敬意を払うべきか自然と身についてるのかも知れません。

>akiさん


青森にイエスキリストの墓があるという言い伝えがあって
神主が墓前でキリストを慰霊し、村民が南部地方伝統の盆踊りを奉納するそうです。

神主いわく
「八百万(やおよろず)の神の1人がキリストさんでもいいでしょう。教義的には問題はない」。

・・・実に寛容です。

イエスキリストですらそこらへんの石ころに宿る「かみさま」と一緒なのですから・・・・


人間も神も自然も
みんな同列に敬意を払って。

すばらしいと思います。

Ue

札幌のアマチュアミュージシャン&ソフトウェアテストエンジニア。
育児に奔走しながら、色々と。

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